2014年10月25日土曜日
イザヤ書 四〇章 三十一節
主を待ち望むものは新しい力を得 鷲のように翼をかって 上がることが出きる
イザヤ書 四〇章 三十一節
私の尊敬する方のお手紙の冒頭にあった言葉です。
世の中の不安や混乱の中にあって、
聖書の言葉は道を照らす光となります。
聖書に出逢って実感する日々の私です。
近藤朱鳳
2014年7月15日火曜日
2014年3月31日月曜日
人に従うより 神に従うべきです
人に従うより 神に従うべきです (使徒 五章 二十九節)
これは私に多くを気づかせてくれた御言葉です。
人中心の善悪の判断は、
真の神の御心の妨げになっていることがあります。
人の思いで祈っている神が、
真の神であるか否か、静かに考える必要があると思います。
近藤朱鳳
2014年3月27日木曜日
2014年2月8日土曜日
わたしの愛の中にとどまりなさい
わたしの愛の中にとどまりなさい ヨハネ15:9
何と力強い言葉でしょう。
本当に信頼できるものに身を委ねない限り、
人は何時も不安に襲われてしまいます。
この年齢になって初めて聖書を読んだとき、
”これだ”と思いました。
キリストの愛は私たちの抱いていた概念とは全く違います。
その「愛」は、心の平安に繋がる普遍のものです。
無限の愛は命を懸けた正義の愛、無償の愛です。
神の愛を実感した時、人は不安から解放され、真に強くなれるのです。
近藤朱鳳
2014年2月4日火曜日
喜ぶ人とともに よろこび 泣く人とともに なきなさい
喜ぶ人とともに よろこび
泣く人とともに なきなさい(ローマ 12:15)
今日はこの冬一番の、とても寒い立春となりました。
こんな時は人の心も閉ざされたようになります。
聖書は人が人として、どうあるべきかを常に語っています。
喜びの時、悲しみの時、
どんな時も身近な人の心に寄り添うことは、
人の有るべき基本なのだと思います。
厳しい現実の中にこそ、喜びも、希望も見出していきたいものです。
近藤朱鳳
2014年1月21日火曜日
心の貧しき者は幸いです
心の貧しき者は幸いです
天の御国は その人たちのものだから (マタイ5:3)
「心の貧しい人」とは、”柔和で謙虚な人”との意味と訳されています。
誰から見ても不幸に思われる人々に希望をもたらす言葉です。
キリストはすべての人を救うためにこられたのです。
それは人間的な幸・不幸の基準とは全く異なる幸いでした。
近藤朱鳳
2014年1月14日火曜日
真理を行う者は 光の方に来る
真理を行う者は 光の方に来る(ヨハネ3:21)
アダムとエバが罪を犯したとき、神様を恐れて身を隠したように、
人は罪が悪いと知りながら、罪を楽しむ心も持ち合わせています。
光である真理から遠ざかると、人はなすべき行為に自信が持てず、
判断基準もあいまいになり、いつも不安が付きまといます。
聖書の御言葉は、「光」そのものです。
そこに照らされた道を歩いて行きたいものです。
近藤朱鳳
2013年11月11日月曜日
立って ここから 行こう
立って ここから 行こう
ヨハネ14章31節の言葉です。
キリストが十字架への道を踏み出されようとされているとき、
弟子たちに命じられた言葉です。
何かに失望した時、
予想外の出来事に自分を見失いそうな時、
この言葉を胸に刻んで過去を引きずらず、
未来に目を向けて、日々を生きたいものです。
近藤朱鳳
2013年10月29日火曜日
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