2009年10月25日日曜日

廓然無聖



廓然無聖(かくねんむしょう) 達磨大師
 
廓然(かくねん)として聖も成しと言う意味で、
廓然とは広々として澄み切った世界。
達磨大師は仏の世界について聖も凡も無い、からりとした世界だと説いておられます。
一切の価値判断も、煩悩も、執着も持たなければ争いも起きません。
小さなことにくよくよ悩んだとき、思い出したい言葉です。
 
 
近藤朱鳳